【私の仕事遍歴 〔旅行会社営業マン⇒会計事務所職員〕編】 [私の転職活動]

いきなり畑違いの旅行会社に転職した若き日の私…

スキルも何もないなかで本当に「根性」だけで毎日を過ごしていました。
3ヶ月間一度も休みがない、そんなこともありました。
夜はタクシーで2時ごろに帰宅(安月給のなか自腹)、コインシャワーでシャワーを浴びて(銭湯が終わっているため)、始発で出社なんてざらでした。
正直なところ、若かったからこそできた、そんな毎日でした。
ツアー募集をしているのに飛行機の座席が確保されておらず胃が痛む毎日、お客さんの無理難題…
正直しんどかったです。
でも好きでした、旅行の仕事…
26歳で結婚しましたが、貧乏暮らしで正直かみさんはかなり生活に不満をもっていました。
夜中にならないと帰ってこないし、添乗でしょっちゅう海外出張、初めて親元を離れて暮らす新婚生活はきっと「こんなはずじゃなかった」って思ったでしょうね。
しょっちゅう、「仕事辞めて」って言われてました。
そのたびに「いま頑張っているし少しづつ給料も上がるからもうちょっと辛抱して」ってお願いしてました。
とても生活していけないって考えて「子供も欲しくない」って言ってました。
そんななか、かみさんが子供がいる友人宅に遊びに行って急に「子供が欲しい」って言い出したんです。
よっぽど可愛い子だったんでしょうね。
だって、とってもかたくなだったから…
子供が一生抱けないと半分諦めかけていた私です。
「このチャンスを逃してはならん」と毎晩疲れて帰っても「夜のお勤め」を果たしました。
そしてあっという間に我が家も子供を…授かりました。
正直言って、旅行会社の営業マンのまま、家族3人で楽しい家庭を維持していく自信がありませんでした…
とても好きな仕事ではありましたが、きっぱりと諦めることにしました。
もちろん、とても悩みました。
でも私が不安に思っていては、とても家族をひっぱっていくことはできないって…
このときに思いました。
「好きなことで飯を食うのは簡単ではない」って。
2回目の転職を決意した私は「飯が食える仕事」を探すことにしました。
旅行業界はどこも似たり寄ったりで安月給なので旅行の世界から足を洗うことにしました。
でも旅行の営業マンが旅行の世界から足を洗って、一体何になったらいいのか?
結構途方にくれました。
工学部出身で半導体の研究室にいたとはいえ既に6年以上のブランクもあり、とてもその世界でやっていくわけにもいきません。
そんななか以前から「将来は起業したい」と言っていた私にかみさんのお義父さんが簿記の勉強を勧めてくれました。
「将来会社を経営する気があるなら会計の知識は必要だから手始めに簿記をやってみたら?」と勧めてくれたのです。
転職するには資格を何か取ったほうが良いと思っていたので、チャレンジすることにしました。
といっても夜中まで残業で家に帰って勉強する気にはなれませんので通勤の電車のなかで勉強することにしました。
時間がなかったので過去問題を解く以外はすべて電車で勉強です。
ぎゅうぎゅう詰めの満員電車でつり革につかまりテキストをもって電卓をたたいて計算する日々です。
私は会計の世界なんて一生縁がないと思っていましたが、やってみるとわからないってこともなく結構面白くて意外にはかどったのを覚えています。
そんななか6月の受験で無事日商簿記3級に合格できました。
そのころは将来「食える資格」として税理士を検討していました。
税理士を目指すには会計事務所に勤務するのが良いのでは?と思い、転職の方向性が定まりました…
方向が定まると私は行動は早い方です。
さっそく転職活動開始です…

シリーズ
〔経理管理職の転職〕
〔経理管理職の転職〕

経理課長として勤務していた企業がリーマンショックの影響をもろに受け転職を余儀なくされ立ち向かった経理マンの転職の記録
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