【残業の過労死ライン】 [転職成功方程式]
先日は、「仕事がある有り難さ」として、忙しいとぼやいても仕事がない辛さよりもましなのではないか…
という話を書きましたが、「有難い仕事」も労働時間が度を越してしまえば命にも関わります。
8月8日の東京新聞の記事によると、
『東京新聞が把握した過労死が発生した企業111社のうち、約5割は「過労死ライン」の月80時間以上の残業を認めていた』
ということです。
私は「過労死ライン」というものをこの記事で初めて知りました。
過去の過労死認定の際に、厚生労働省から示された一つの基準が
月80時間という残業時間のようです。
111社のうち、54社がこの月80時間を超えた残業を認めているようです。
ご存知の方も多いと思いますが、残業は時間外・休日労働について労使で協定「三六(さぶろく)協定」を結ばなくてはなりません。
この協定における時間外勤務の上限が多いところで258時間/月になっているということです。
現在は、過労死が起きた企業の企業名は公表されていないとのことですが、過労死された従業員の遺族の方は、
過労死対策を本格化させるために公表が必要だとする人もいるようです。
厚生労働省は「公表されるなら隠ぺいしようという動きを助長する恐れがある」などとして、公表を拒んでいるようです。
この『月80時間』が、多いのか、少ないのか、適切なのかは、特にコメントはありませんが、過労死の公表については、隠す理由はないような気がしてしまいます。
隠ぺいがあったとしても、その時には隠ぺいした事実が発覚したら、更に大きな社会的な制裁がかかるような仕組みにすれば良いのではないかと思います。
現在の会社では、月80時間も残業することはよほどのことがないとありませんが、旅行会社時代は月80時間を下回るのは、シーズンオフの12月~2月くらいで、あとは休みは数えるほど、残業は200時間~、そういう世界でした。
だから月80時間なんて夢のような話でしたでしょうね。
添乗にでかければ、夜中でもトラブルがあれば起きて仕事ですし、そもそも残業代が1円も出なかったので、正確にカウントすることもありませんでした。
休日出勤や、添乗時に夜中まで仕事していることも入れたら、すごい時間数になっていたのではないかと思います。
さて、私は旅行会社時代に結婚したのですが、私は妻に常々伝えていました。
「もし俺が忙しさが原因でおかしな言動や行動をするようになったら、必ず会社に出向いて仕事を止めさせてくれ。」と…
過労死やノイローゼになってしまうのって、自分ではもうすでに健康状態を思いやる、適切な判断ができない状態になっているのだと思います。
私は、『仕事なんて死んでまでやるもんじゃない。』とずっと思っていましたし今もそう思っていますが、既に判断能力がなくなってしまえばそういう判断に基づいた行動はできないことも想定されます。
そのため、このようなことを妻に伝えておきました。
これは決して冗談ではなく、かなり大真面目に伝えていましたし、今もそのお願いは生きています。
以前の記事でも書いたかもしれませんが…
過労死する人はよく『まじめで責任感が強い人』がなると言われています。
私は、まじめで責任感が強い人ならば、家族を悲しませないための責任も最大限持っていただき、何かしら、過労死に対するセルフコントロールをするべきだと考えています。
それは、法律がどうであろうと、経済状態がどうであろうと、命を落とすよりも重いことはないと、きちんと判断できる環境を自分自身が作るということです。
もちろん、過去に過労死をされた不幸な方々に唾しようなんて気はありません。
不幸であり、できれば避けて頂きたかったと思います。
でも、まだ、間に合う人で、もし、過労死と隣り合わせにあるような方は、是非考えて欲しいと思います。
仮に法律がどうであろうと、もしそのような事態になってしまったら、この世に戻って家族に会えない悲しみは自分自身が味わうことであり、愛する家族が涙にくれることになるということを良くかみしめて欲しいと思います。
もし、『まじめで責任感が強い』とか、自分から『こんな仕事できません』ってきっぱり断る勇気がない弱い自分を感じるのなら、私の様に家族にも「ライフライン」になってもらうように、普段から協力体制を敷いてみてはどうかと考えます。
自分の命は自分で守る…私は、当たり前のことだと考えています。
ですから、ハードな仕事で我慢しなければならないこともあるかもしれませんが、命の危険を感じたなら、それを避けるには退職しかないのなら、迷わず「退職」を選ぶ勇気と冷静な判断力を持って欲しいと思います。
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という話を書きましたが、「有難い仕事」も労働時間が度を越してしまえば命にも関わります。
8月8日の東京新聞の記事によると、
『東京新聞が把握した過労死が発生した企業111社のうち、約5割は「過労死ライン」の月80時間以上の残業を認めていた』
ということです。
私は「過労死ライン」というものをこの記事で初めて知りました。
過去の過労死認定の際に、厚生労働省から示された一つの基準が
月80時間という残業時間のようです。
111社のうち、54社がこの月80時間を超えた残業を認めているようです。
ご存知の方も多いと思いますが、残業は時間外・休日労働について労使で協定「三六(さぶろく)協定」を結ばなくてはなりません。
この協定における時間外勤務の上限が多いところで258時間/月になっているということです。
現在は、過労死が起きた企業の企業名は公表されていないとのことですが、過労死された従業員の遺族の方は、
過労死対策を本格化させるために公表が必要だとする人もいるようです。
厚生労働省は「公表されるなら隠ぺいしようという動きを助長する恐れがある」などとして、公表を拒んでいるようです。
この『月80時間』が、多いのか、少ないのか、適切なのかは、特にコメントはありませんが、過労死の公表については、隠す理由はないような気がしてしまいます。
隠ぺいがあったとしても、その時には隠ぺいした事実が発覚したら、更に大きな社会的な制裁がかかるような仕組みにすれば良いのではないかと思います。
現在の会社では、月80時間も残業することはよほどのことがないとありませんが、旅行会社時代は月80時間を下回るのは、シーズンオフの12月~2月くらいで、あとは休みは数えるほど、残業は200時間~、そういう世界でした。
だから月80時間なんて夢のような話でしたでしょうね。
添乗にでかければ、夜中でもトラブルがあれば起きて仕事ですし、そもそも残業代が1円も出なかったので、正確にカウントすることもありませんでした。
休日出勤や、添乗時に夜中まで仕事していることも入れたら、すごい時間数になっていたのではないかと思います。
さて、私は旅行会社時代に結婚したのですが、私は妻に常々伝えていました。
「もし俺が忙しさが原因でおかしな言動や行動をするようになったら、必ず会社に出向いて仕事を止めさせてくれ。」と…
過労死やノイローゼになってしまうのって、自分ではもうすでに健康状態を思いやる、適切な判断ができない状態になっているのだと思います。
私は、『仕事なんて死んでまでやるもんじゃない。』とずっと思っていましたし今もそう思っていますが、既に判断能力がなくなってしまえばそういう判断に基づいた行動はできないことも想定されます。
そのため、このようなことを妻に伝えておきました。
これは決して冗談ではなく、かなり大真面目に伝えていましたし、今もそのお願いは生きています。
以前の記事でも書いたかもしれませんが…
過労死する人はよく『まじめで責任感が強い人』がなると言われています。
私は、まじめで責任感が強い人ならば、家族を悲しませないための責任も最大限持っていただき、何かしら、過労死に対するセルフコントロールをするべきだと考えています。
それは、法律がどうであろうと、経済状態がどうであろうと、命を落とすよりも重いことはないと、きちんと判断できる環境を自分自身が作るということです。
もちろん、過去に過労死をされた不幸な方々に唾しようなんて気はありません。
不幸であり、できれば避けて頂きたかったと思います。
でも、まだ、間に合う人で、もし、過労死と隣り合わせにあるような方は、是非考えて欲しいと思います。
仮に法律がどうであろうと、もしそのような事態になってしまったら、この世に戻って家族に会えない悲しみは自分自身が味わうことであり、愛する家族が涙にくれることになるということを良くかみしめて欲しいと思います。
もし、『まじめで責任感が強い』とか、自分から『こんな仕事できません』ってきっぱり断る勇気がない弱い自分を感じるのなら、私の様に家族にも「ライフライン」になってもらうように、普段から協力体制を敷いてみてはどうかと考えます。
自分の命は自分で守る…私は、当たり前のことだと考えています。
ですから、ハードな仕事で我慢しなければならないこともあるかもしれませんが、命の危険を感じたなら、それを避けるには退職しかないのなら、迷わず「退職」を選ぶ勇気と冷静な判断力を持って欲しいと思います。
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